植木将太朗さんと涙の再会 母、同級生ら「今は言葉にならない」

事故

16日午前、高校3年の植木将太朗さんの遺体が植木さんの自宅跡で見つかりました。「早く見つけてあげたい」と母親の富士子さんがボランティアを募り、高校生ら180人が集まり捜索。遺体の搬送を多くの近隣住民らが手を合わせながら見つめ「今は言葉になりません」とうなだれた。

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遺体発見現場

広島市安芸区矢野東7梅河団地 自宅跡

「安心してしまったんよ」孫を守れなかったと振り返る祖父

植木将太朗さんの祖父の神原常雄さん(74)は、

10年以上前から「砂防ダム」の必要性を市に訴え、
市役所に通い続けていました。

昨年8月、県は土石流を未然に防ぐ「治山ダム」を着工、予算4750万円。

今年2月に幅26メートル、高さ8メートルのダムが完成し
「これで安心じゃね」
と住民らが喜んでいました。

しかし県や市の職員が繰り返し言っていた言葉は

「これで安心できるわけではありません。何かあったら必ず逃げて下さい」

【災害当日について振り返る】

団地が土砂に襲われる数時間前に神原さんは孫の植木将太朗さんを
高校まで車で迎えに行き、50メートルほど離れた同じ団地内の
植木さん宅まで送りました。

夜になり、雨が強まり、将太朗さんを自分の家に避難させるよう
外出していた母親の植木富士子に電話しました。

「すぐに行かせる」

と返事があったその数分後、「ドドーン」という音が響き土砂が崩れ、
山側の家々が潰されていた。

避難してくるはずの将太朗さんは来ませんでした。

 「あと1分、わしが早く電話していたら、助かっていたかもしらん」

「いくら役所の人に『安心しちゃいけん』と念押しされてもね、
やっぱりダムができてうれしかったし、安心してしまったんよ」

崩れた団地を歩き回り、将太朗さんの名前を呼んだが返事はなかったそう。

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母親の植木富士子さんを心配する声も


(FNNより引用)

植木将太朗さんの同級生など高校生たちが、母親の植木富士子さんの呼びかけに
180人が集まりスコップを手に捜索していました。

植木富士子さんが捜していたが、体調を崩し、捜索活動ができなくなり、
SNSで捜索の手伝いを呼びかけたという事です。

「一刻も早く見つかってほしいとの思いだけだった」

植木将太朗の同級生のは話していました。

ネット上では母親の植木富士子さんを心配する声が続々と寄せられています。

同じ年齢の息子がいる身として、自分に置き換えてしまう。
亡くなった子の恐怖を思うと、母親の気持ちを思うと辛い

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ネットの声

こんな暑い中、たくさんのお友達が捜索にあたっていたなんて本当に人望のある子だったんだろう。
お母さんがここ数日体調を崩していたようで、きっと何も喉を通らず眠ることもできなかったのでは。その瞬間まで電話で話していたなんて辛すぎる。
お母さん、応援しています。どうかしっかり生き抜いて!

彼が最後に見た景色は、どんなに怖いものだっただろうと思うと、胸が痛く涙が出ます。そして遺されたお母さんが心配です。どうか周りの方、手を差し伸べてください。
ご冥福をお祈り致します。

見つかって良かったというか…
同じ子を持つ身として、何とも言いようが無い。

お母さん辛いだろうな。ツイッターの情報で全く違うところを探して、結局は自宅のあった場所から見つかるなんて、もっと早く見つけてたら生きてたかもって思うだろうな。若い人が亡くなるのは辛い。

残念な結果になってしまったけどこれだけ多くの友達が捜索に尽力してくれてご家族の方も嬉しかっただろうし何よりみんなに慕われて人望も厚かった息子さんを誇りに思われるでしょうね。

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